side effect








口の中の甘酸っぱい酸味と、隣にいる奴の暖かな温度で

俺はいつのまにか眠ってしまっていた様だった。

不覚にも、それはとても心地よい眠りだった。

「……ん…」

目を開くと、一番最初に視界に入ったのは

何十にも毛布を掛けられた自分の体だった。

一瞬、何があったのかわけが分からなくなったのだが

すぐ隣のキッチンからトントンという包丁の音が聞こえて、

あぁ、そうか。この毛布はあいつかと苦笑しながらも

いままでの出来事が少しずつ思い出された。

重い体をやっとのことで持ち上げると、ひどい頭痛に思わず顔を顰めた。

「…っ、頭いてー…」

独り言のように、本当に呟くような音量だったのに

今まで規則正しく聞こえていた包丁の音がいきなり途切れ、代わりに

バタバタと慌しい音がこちらに向かってきたのが分かって

思わず笑ってしまった。

「中居っっ起きたのか!?」

「…うん…。お前、まだいたの」

血相を変えて駆けつけてきた木村が、分かりやすすぎて、それが俺にとって恥ずかしくて。

思わず嫌味の様な事を言ってしまった。

一瞬ヤバイ、と思ったが木村はそんな事気にも留めていないようだった。

「当たり前じゃん。お前ほっといたら何するかわかんないし。どーせ薬も飲まないで

 酒でも飲んじゃうんじゃないかって思うとさー、家帰っても心配でお前の事ばっかり考えちゃうだろ」

さらりと発せられたとんでもなく恥ずかしい木村の発言に、当たり前だが自分がカァっと

赤くなるのを感じた。

「あれ、中居。顔赤いよー?…照れちゃった??」

「ばっ……馬鹿じゃねーのっ風邪のせいに決まってんだろ!」

俺が苦し紛れにそういうと、木村はハッと何かを思い出したような表情をしたと思うと

いきなりグイッっと俺の顔を自分の方に引き寄せた。

「なっ…木村っ?何す…」

木村は目で「ん?」と言うと、クリっと首を傾げた。

「何って…熱。測んなきゃ。中居ん家だもん、どうせ体温計なんて無いんでしょ?」

「そ…だけど…手で測れるだろ」

「人の額のほうが正確なんだってさ」

「嘘つけよお前!!」

「あー、動くなって。熱測れないだろ?」

そういうと木村は、俺の額になんの躊躇もなくコツンと自分の額を合わせた。

「…っ…」

木村の顔を直視できるはずも無く、俺はギュウっと目を閉じる。

すぐに木村が何か言葉を発するだろうと思っていたのに、予想外に続く

沈黙に俺は思わず目をそっと開けてみた。

するとそこには。

青ざめた顔でフルフルと震えている木村がいて。

「は…き、木村??」

「おっ…お前っ何したんだよっ」

「はぁ?」

「熱!!さっきより上がってるじゃんか!!」

ぎゃーぎゃーと慌てまくってる木村に「それはお前のせいじゃんか」

と言ってやりたくてムズムズしたが、ふと冷静になってしまうと

そんな恥ずかしい事を俺が言えるはずも無く。

思わず小声で「ごめん」なんて謝ってしまう始末。

「やっぱりフルーツだけじゃダメだ。飯、作ったからそれ食ってその後薬飲めよ」

またまた木村が、有無を言わせない口調で言う。

今日は完全にお母さん気取りだな…。



「はい、おかゆ作ったから」

カチャカチャと音をたてて木村がおいしそうに湯気をたてているおかゆを運んできた。

「…卵入れてくれた?」

「もちろん。…大丈夫か?食える?」

「うん…ちょっとだけなら…」

「ふーふーして、食わしてやろうか??」

にやにやしている木村の頭にバコッと一発平手を食らわせ

俺はパクリと、木村特製のおかゆを口に運んだ。

「どぉ?おいし?」

「…うん、おいしぃ」

「中居、なんか風邪のせいで舌っ足らずで可愛い〜」

「〜〜…っもうお前どっか行けよ…」

そんな、他人が聞いたら何か誤解が生じてしまうような会話をしつつ

いつのまにか俺は、おかゆを完食してしまっていた。

「…ごちそーさま」

「はい。じゃ、薬。ちゃんと飲めよ?」

「……」

「…口移しで飲ませてやろうか?」

本日2度目の平手打ちを木村に食らわせ、俺は粉薬を無理やり口の中に押し込んだ。

木村はそれを見て満足様に「よくできました」と呟き、後片付けのためにキッチンに向かった。

その背中を見つめながら、自然と微笑んでいる自分に気がつき思わず苦笑した。

なんだかんだ言いながら、俺はいつも木村に助けられてるんだな。

風邪だって木村が看病してくれていなかったら、当然のように治りも遅くなるわけだし。

そうしたら仕事にも支障が出てしまうのは否めない。

まぁ、俺が風邪を引いているのをいい事にからかってくるのには多少困ってはいるが。

それだって、案外それを楽しんでいる自分がいるのだ。

普段なら、甘える事なんて絶対に出来ない俺が、このときだけはその行為が許されるような。

そんな感覚に陥る。

その感覚が、俺にとってはとても心地いいのだ。

こんなこと、あいつに言ったらあいつが暴走するのは目に見えているから言った事はないけど。



そんな事を考えていると、風邪のせいなのか、はたまたさっき飲んだ薬のせいなのか、

それとも日頃の仕事の疲れか。突如、猛烈な眠気が襲ってきた。

それに抵抗する術を俺は知るはずも無く。

俺はすんなりと、眠りに引き込まれていった―――…。



後片付けも終わり、ふと息をつくと中居の部屋から物音一つ聞こえない事に気がついた。

もしや熱がさらに上がって倒れているのでは!?

日頃のポジティブさは何処へやら、不安に駆られた木村は先ほど同様思いっきり中居の部屋の扉を開けた。

「中居!?」

するとそこには。

すーすーと、記憶正しい寝息をたてて眠っている中居がいた。

いつものように、顔を隠すように毛布に包まる事も無く、その綺麗な寝顔を惜しげもなく晒していた。

まるで、本当に子リスのようで木村は一瞬見とれてしまう。

「いつもそうやってればいいのに…隠すなんてもったいないな」

木村が、他のメンバーが聞いていたら明らかにドン引きされるような言葉を言うと

中居はふと、顔をしかめた。

「…ん…」

「!!」

木村は慌てて自分の口を手で押さえる。

一人でそんな事をしても意味は無いと思うのだが…。

幸運な事に、中居はただ寝返りをうっただけで目を覚ます事は無かった。

木村はそんな中居を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

なんとなく、こんな顔をして眠る中居を起こしてしまうのは自分が悪者になった気がしてならない。

“…中居が起きちゃうといけないから…俺はそろそろ帰るかな…。後片付けも終わったし

 中居の顔色も、だいぶ良くなったし…”

そう考えて木村は、ハンガーに掛けておいた自分の上着をふわりと纏った。

そしてなるべく足音を立てないように玄関へと向かった。

「……きむらぁ?」

いきなり発せられた声に、思わずビクリと体を震わせる。

急いで振り返ると、眠っていたはずの中居がこちらを見つめていた。

しかし目はトロリとして、完全には覚醒しきっていないような、そんな瞳。

「あっ…ごめ…起こしちまったか?」

「……どこ、行くの?」

「何処って…帰るんだけど。中居ももうゆっくり休みな」

「…やだ」

「はっ!?」

子供のような中居の口調に、木村はおもわず目をパチクリさせる。

「やだって…中居、休まないと治んないんだぞ?」

そんな木村の言葉を聞いた中居は、おもいきり首を横に振り出した。

「ちがう、そうじゃなくて…」

「…なに?」

木村は中居に近づいて、顔を見つめる。

その頬は少しだけ、ピンク色に染まっていた。

「きむら」

「ん?」

「帰っちゃ、やだ。ここにいて」

「え…?」

普段なら、絶対に聞く事なんてありえない中居の言葉。

その言葉に木村は一瞬同様したが、すぐに熱のせいだろうと思い直す。

しかし、ふと横を見ると親に置いてけぼりにされるのを極端に恐れる子供のような顔で

木村を見つめる中居がいて。

…断れるはずなど、無かった。

「わかった。中居が治るまでココにいてやるから。だからもう少し休みな?」

木村がそういうと中居の顔がパァっと明るくなる。

こんな顔を見せられて、この場を離れられる奴がいたら教えて欲しいと木村はひそかに思った。

しかし中居が、幸せそうな顔で眠っているのを見たらもう全ての事がどうでも良くなってくる。

この笑顔が守れるのならば。





ピチチチチチ

「〜〜…んー…っ」

翌日、中居は小鳥の囀りで目が覚めた。

起き上がると、自分の体の軽さに驚いた。

昨日まではあんなにだるかったのに…あいつのおかげなのかな。

ふふ、と笑う中居の頭の中に木村の顔がポンっと浮かぶ。

「…あれ、そういえば木村は…」

そういうと、中居は自分の左側になにやら重みを感じる事に気がついた。

ふと横を見ると、そこにはたった今自分の頭に浮かんだ男がいて。

木村は中居のベッドに寄りかかるように、すーすーと眠っていた

「!!?」

驚きつつも、木村を起こさないように体をピクリとも動かさない点はさすがと言えよう。

「な…っ…あ…?」

そういえば。

中居は自分の昨日の記憶を引っ張り出す。

あの後…眠くなって…それから…。あれ!?

もしかして俺、昨日なんかすげー恥ずかしい事こいつに言わなかったか!!??

否定したい気持ちとは裏腹に、その記憶はより鮮明になっていく。

もはや中居の顔が赤くなるのを止めるのはほぼ不可能であろう。

なっ…なんつー恥ずかしい事を!!

中居は昨日に戻って過去の自分を思い切りグーで殴りたくなる衝動に駆られる。

でも。

それが自分の本心では無いというのは…嘘になる。

熱で意識が朦朧としていたとはいえ、あれは中居の本心なのだ。

それが自分でも分かっているから、余計に恥ずかしくなる。

「……」

もう一度、木村の顔を見つめた。

端正な顔立ちであるのには変わりないのに何か少しフニャリとしているその表情。

まるで顔いっぱいで「頼ってくれて嬉しい」と言っているかのような。

「…っとに、正直なやつ」

中居は小声でそう呟き、ふわりと木村の頭を撫でる。

「ありがとな。いつも助かってるよ」

揺るがない真実ならば、少しくらいは素直になってみてもいいのかな。

そんな風に考えてしまうのは、きっと風邪のせいではないだろう。













あとがき

どうでしょう、今回は意識して甘々にしてみたのですが…(汗)
見直してみると私が恥ずかしくなりましたよ(笑)
今回のお話、最初はまったく考えてなかったんですが
odai storyの「桃の缶詰と兎林檎」について沢山の
コメントを皆さんから頂いて。
甘々な二人が見たい、という要望もあったので書いちゃいました。
甘いのは私の得意分野ではないですが
(書くのが嫌いなわけではなく自信がないのです(^_^;))
どうでしょうか…暴走しすぎていないかかなり心配なのですが…。
またまた木村君が「どうなのコレ」ってくらい情けなく…(悲)
でもやっぱりこういうお話、書くのは楽しいです♪
ただ一度暴走すると止まらなくなるのがなぁ…(笑)
最初に言っておきます、苦情は受け付けません!!(爆笑)

(07.07.21)